アオヤマ日記

男子大学生がTwitterでは伝えきれないこと、ふと心に浮かんだことなどをゆる~く書いていこうと思います。

誇り高き片想ひ。

今週のお題「わたしの節分」

 

御機嫌よう。アオヤマである。

 

今週のお題の説明欄に『豆をまいていますか?』と書いてあったので、その質問にお答えする。

 

豆はまいたが芽が出ぬ。

なぜならば肥料がないからだ。

 

1月の成人式後、私の心に変化が起きた。長年私を悩ましていた亡霊からも解き放たれ、私は再び若き頃の恐れ知らず精神を取り戻した。そして、成人式を生き抜いた経験を活かして挑戦してみたい小説も出てきた。現在私は夜な夜なパソコンとにらめっこをしながら、ちまちま小説を書いている。舞台は眠らない街、東京と、由緒正しき西の都、京都。内容は青春恋愛ファンタジー。日々のたくましい文学的妄想論と私自身の経験を混ぜ合わせた物語だ。しかし、先日私は大きな壁にぶち当たってしまった。自分でも予想してなかった。ある晩、小説をコソコソ書いていて、あっ!と悟ったのだ。恋愛小説を書くにあたって大変重要な要素。それは私自身の恋愛経験であるということを。

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皆さんもご存知の通り、私アオヤマは恋愛御無沙汰男子である。世界恋愛御無沙汰選手権大会の日本代表であると自負しているくらい、恋とは疎遠な生活を送っている。恋愛とは、いわば、人生の肥料。私にとったら、小説という花を咲かせるために欠かせない肥料なのだ。その栄養分が欠落している私の心と文章。己の乏しい想像力と妄想力によって、夜中にうんうん言いながら机上で戦っているのだが、さすがに限界がある。恋人同士の感覚、異性とデートをするときのときめく心。私はフェルマーの最終定理よりもはるかに難しい命題と奮闘しているのだ。

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しかし、私にだって恋愛における得意分野はある。その分野に関しては、他の男たちに絶対に負けないと自信を持って断言できる。恋い慕う女性を見るたびにときめくハート。そして彼女と目が合うたびに高鳴る鼓動。私を高血圧で病院送りにしようとする彼女の美貌。何を隠そう、私は『片想い』という分野に関しては絶対に負けない。誰がなんと言おうと『片想い』への情熱はその辺をぷらぷら漂う男たちに負けることはない。長年、片想いという分野に特化した生活を送ってきた私に、もはや敵はいない。なぜならば、私と競り合ってたライバルたちは己の邪念に打ち負け恋人をつくってしまうからだ。彼らの脆弱な精神には甚だ呆れている。「独り身の男として誇りを持て!馬鹿者!」と言ってやりたいものである。

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『一切の邪念を振り払い、地に足をつけ己の恋心と向き合う』それが片想いの真髄である。片想いマスターの私が言うから間違いない。私は、片想いをすることに誇りを持っている。毎日が楽しいような、虚しいような感覚。そういう感覚に取り憑かれてしまっているのだ。

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こうやって書いていると『ではお前は誰に片想いをしているのだ?』と疑問に思う方々も出てくるかもしれない。実に返答に苦しむ質問である。世の中には様々な形の片想いがあるが、私の場合は自分でも阿呆だなと思うほどの片想いである。皆さんのたくましい御想像力でも私の恋い慕う相手を当てることができないだろう。『〇〇ちゃんだろう!』と言われても、答えはノー。そんな小中学生の恋バナのような簡単なクイズではない。答えは私が現在書いている小説の中にある。ここまで読んでくださった読者はすでに気づいているかもしれないが、私は酔っている。自分に酔いすぎて、おかしな人間になっている。小説家志望のド素人の小僧がフザケタことをぬかすなと言われてしまうかもしれない。しかし今宵も私は小説を書くため、己の境遇に向き合わなければならぬ。嗚呼、阿呆な人生だ。そう言いつつも、何かに挑戦しようとする自分を誇らしく感じているのも事実だ。私は自己顕示欲の化身であり、世界屈指の陶酔家である。今後も私の不毛な活躍は続いていくのだろう。

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もし私と神秘的な対談『恋愛討論会』を繰り広げたいと思う方がいるのなら、男性でも女性でも大歓迎。私は誠心誠意、対談主催者として皆さんにお付き合いしよう。そして夜がふけるまで語り合おう。私のねじ曲がった恋愛観。そして夢を見ることを諦めない少年のような無垢な心。私の全てを持って皆さんを歓迎する。

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私は自分の小説を新人賞に応募してみるのが現段階の目標であり、夢でもある。どうやら途方も無い孤独な世界にのめり込んでしまったようだ。

 

『誇り高き片想ひ』終