アオヤマ日記

男子大学生がTwitterでは伝えきれないこと、ふと心に浮かんだことなどをゆる~く書いていこうと思います。

中学同窓会記最終幕

皆さん御機嫌よう。

 

アオヤマである。

 

中学同窓会記もいよいよ最終章。ここまでお付き合いしてくださった読者諸賢には感謝する。そういえば、京都では雪が降ったらしい。テレビのニュースでは白銀の古都が映し出され、金閣寺の屋根には綿菓子のような雪が積もっていた。昔の日本人と四季の変動が作り出す金と白を基調とする芸術作品。愛用のCanonの一眼レフでそのアートを撮りたいのだが、西の都は遠いところにある。私と京都の心の距離は目と鼻の先なのだが、物理的距離が大きすぎる。悲しきかな。これでは私が京都に片思いしているようなものだ。待っていてほしい。私の京都よ。資金がたまったらすぐに参る。

     ○

『男だけの熱苦しい飲み会』

 

友人アリアリを新たに迎え入れた私たちは、成人した自分たちに再度乾杯した。地元でお酒を飲む利点として治安の良さが挙げられる。私の地元には、というより、私の中学時代の友人は皆落ち着いて心優しい人間だ。お酒の飲み方も上品であるし、非常に礼儀正しくて冗談も通じる。一方、都会の至る所で行なわれる若者たちの飲み会を見てほしい。大量のお酒を摂取しては、地面に爆撃投下し、道端で寝てしまう若者も現れる。飲み干した酒缶は道端に捨てられ、ペシャンコに踏み潰されている。私はそのような光景を見るたびに都会の人間の素行の悪さが目に入ってきて心を痛める。

そして極めつけはイッキコール。

「イッキ。イッキ。イッキ。」という男の掛け声で始まる異様な乱舞。無論、年貢の取り立てに抗う農民たちの一揆ではない。若者たちはイッキコールに合わせてアルコールをどんどん吸い込んでいくのだ。救急車で搬送される若者も後を絶えない。

「お願いだから。イッキはやめておくれ。」

私は都会の夜空に向かって毎日祈っている。どうかイッキコールで倒れる若者がひとりでも少なくなりますように。私の心の叫びは同世代の人間に届くことはなく、今日も都内のどこかでは若者イッキが開催されているのだろう。

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話がそれてしまった。中学同窓会記に戻ろう。私たちがお酒を堪能していると、友人アリアリの携帯に電話がかかってきた。アリアリが携帯を私に渡してくれた。私が電話に出ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「はぁーい。アオヤマくーん?ワカバヤシですう。」

「あ!ワカバヤシさん、成人おめでとうございます。」

「おめでとうございますう。」

電話の向こうの相手は、自然科学部生物班シリーズでおなじみのワカバヤシファミリー党首。ワカバヤシだった。

「ヌマクラくんもいるよお。電話かわるねえ。」

どうやら、ワカバヤシファミリーの京都の参謀ヌマクラもいるらしい。

「もしもし、アオヤマくん。成人おめでとう。」

「あ!ヌマクラ殿、成人おめでとう。ヌマクラ殿、京都に行きたい。行きたくて悶絶している。」

「いつでも来なよお。春にワカバヤシも来るから。」

彼は現在D志社大学の一回生。古都サークルという趣深いサークルに入って京都の神社や寺を研究している。その立場を代わってほしいものである。まことに羨ましい。

「じゃあ、2人ともまた春に会おう。」

「うん、ばいばーい。」

私は素敵な友人を持った。私と同じく、彼らのほとんどが女性と無縁の男たち。しかし、彼らは心優しく決して人を傷つけない。私から言わせてもらうと、彼らのような紳士な男がモテるべきである。この世は全く不条理な世界だ。

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夜も深まり、いつのまにか0時近くになっていた。期末試験期間だった私は三次会で切り上げさせてもらうことにし、男たちに別れを告げた。

「また会おう。諸君。」

そうして私はトボトボと家路についた。空を見上げると数多の星がキラキラと新成人たちを祝っていた。私は星を眺めながら、つぶやいた。

「寂しいなあ。」

今回の成人式で再会した友人たちのことを想うとやるせない気持ちに襲われる。自然科学部生物班メンバーのように彼らの中には私と今後も友好関係を持つものもいる。しかし、その逆も然り。今回再会して、もう二度と会えない人もきっと出てくる。それを考えると、途方もなく悲しくなってくる。

「なんだか、孤独になってきたなあ。」

みんなの顔を思い浮かべると、こみ上げてくるものがある。成人式のような集まりが毎年あれば良いのだが、ここはそんな理想郷のような世界ではない。世の流れ、時の流れ、悲しいなあ。

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私は同級生たちの絆をなんとか繋いでおくことはできないだろうか、とあれこれ考えてみた。そうして、とある小説の一節を思い出す。

 

夜は短し歩けよ乙女』に出てくる、下鴨神社の古本市の神は言った。

『父上が昔、僕に言ったよ。こうして一冊の本を引き上げると、古本市がまるで大きな城のように宙に浮かぶだろうと。本はみんな繋がっている』

 

古本市の神は続ける。

 

『最初にあんたはシャーロック・ホームズ全集を見つけた。著者のコナン・ドイルはSFと言うべき『失われた世界』を書いたが、それはフランスの作家ジュール・ヴェルヌの影響を受けたからだ。そのヴェルヌが『アドリア海の復讐』を書いたのは、アレクサンドル・デュマを尊敬していたからだ。そしてデュマの『モンテ・クリスト伯』を日本で翻案したのが「萬朝報」を主催した黒岩涙香。彼は「明治バベルの塔」という小説に作中人物として登場する。その小説の作者山田風太郎が『戦中派闇市日記』の中で、ただ一言「愚作」と述べて、斬って捨てた小説が「鬼火」という小説で、それを書いたのが横溝正史。彼は若き日「新青年」という雑誌の編集長だったが、彼と腕を組んで「新青年」の編集にたずさわった編集者が『アンドロギュノスの裔』の渡辺温。彼は仕事で訪れた先で、乗っていた自動車が列車と衝突して死を遂げる。その死を「春寒」という文章を書いて追悼したのが、渡辺から原稿を依頼されていた谷崎潤一郎。その谷崎を雑誌上で批判して、文学上の論争を展開したのが芥川龍之介だが、芥川は論争の数ヶ月後に自殺を遂げる。その自殺前後の様子を踏まえて書かれたのが、内田百閒の『山高帽子』で、そういった百閒の文章を賞賛したのが三島由紀夫。三島が二十二歳の時に会って、『僕はあなたが嫌いだ』と面と向かって言ってのけた相手が太宰治。太宰は自殺する一年前、一人の男のために追悼文を書き、『君は、よくやった』と述べた。太宰にそう言われた男は結核で死んだ織田作之助だ。そら、彼の全集の端本をあそこで読んでいる人がある』

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古本市の神の理論を私なりに解釈すると、作家だけでなく読者たちを見えない糸でつなげているのも本である。私たちは手元に置かれている本によって、どこかの誰かと繋がっているのである。

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成人式の夜、私は考えた。私自身が本の役目を担えば良いのではないかと。同級生達をつないでおく糸になれば良いのではないか。時間の流れが私たちを引き離そうとするならば、私は誠心誠意、時間の流れに抗う反逆者と化す。もしかすると、私はこの世界に抗わなければならぬ。みんなのためにも自分のためにも。初めてそのような気持ちになった不思議な夜であった。文章によってみんなの心をつなぎとめるのが私の使命だ。私はそのような誠に勝手な勘違いをして生きる男である。

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いつか私は自分の書いた文章が世に放たれれば良いな。などという夢を見ている。私の野望だ。

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同級生の諸君、改めて成人おめでとう。

 

中学同窓会記最終幕 終