アオヤマ日記

男子大学生がTwitterでは伝えきれないこと、ふと心に浮かんだことなどをゆる~く書いていこうと思います。

暇だから故郷についてつづる。「ジャガイモの上澄み液②」

ジャガイモはデンプンでできている。

そして、そのデンプンは寒天培地の材料となる。

 

僕は家の台所に眠っているジャガイモを部室に持っていった。そして、僕と愉快な仲間たちは、部室のあったメスでジャガイモをサイコロ状に切り、洗濯ネットに入れて、ガスバーナーで沸騰させたビーカーのお湯の中に入れる。意外と、ガスバーナーの火というものは威力が弱く、ビーカーの水を沸騰させるまでに20分以上はかかる。その時間は、無論、人生を秒単位で生きている我々にといって大変不毛な時間であった。

ジャガイモを熱湯に入れてしばらくすると、柔らかくなったジャガイモからジャガイモエキスが抽出される。十分に、エキスが抽出されたと思ったら、ジャガイモ入り洗濯ネットを取り出す。

次に、薬局で買ってきたゼラチンをジャガイモエキス水に加える。これで、寒天培地はほとんど完成したに近い。

あとは、シャーレにジャガイモエキス水を移して、冷やして寒天培地にするだけである。

ここで忘れてはいけないのが、無菌室の存在である。

部室という汚染された環境では、我々が精製した聖なるジャガイモエキス水に不純物(微生物など)が入り、寒天培地自体が汚染されてしまう。それを防ぐために我々は、透明なゴミ袋と、部室にあったドーム型の園芸用品で見事無菌室を作り出した。ドームはガスバーナーで沸騰させた蒸気で満たされているため、無菌室に近い状態である。

無菌室でジャガイモエキス水をシャーレに移し替え、蓋をし、あとは固まるまで待つ。こうして、カビを培養する寒天培地が完成したのである。

 

我々が素晴らしいのは、この過程を何のレシピも見ずに、自分たちの発想だけで生み出したところである。

 

さて、問題なのは、寒天培地ではなく、残ってしまったジャガイモエキスである。我々はあまりにも多くのジャガイモエキスを精製してしまったために、大量のエキス水が余ってしまった。ちょうど、部室にエキス水を保存するのにちょうど良い巨大ビーカーがあったので、そのなかに余ったジャガイモエキス水を入れ、顧問の使っている冷蔵庫に勝手に保存した。

僕たちの2年半はこれで終わった。

ペニシリンなどできるはずもなく、ただ、寒天培地を作り出し、カビを生やして高校生活を終えたのである。

後日、部活引退の日、顧問と後輩に挨拶するべく、我々は部室へと向かった。途中で、誰かが冷蔵庫のジャガイモエキス水の存在を思い出したので、挨拶のついでに皆で冷蔵庫を開けてみた。

冷蔵庫の底からは、夏場に7日間履き続けた靴下のような異様な香りが漂ってきた。

僕たちは、静かにそのパンドラの冷蔵庫を閉じ、部室を後にした。

さらば、青春。さらば、ジャガイモ。

大量のジャガイモエキスの行方は誰も知らない。

暇だから故郷についてつづる。「ジャガイモエキスの上澄み液①」

高校時代は、かなり文化的な生活を営んでいた。

 

高校入学当初、僕は運動部に入ってイケイケな高校生活を送ろうとしていた。運動部に入っておけば、とりあえず女子にモテる可能性が上昇するという男子特有の短絡的発想だ。ボールを追いかける僕の額からはきらきらした清潔な汗が流れる。フェンスの向こう側には僕の活躍をひと目見ようと、僕のファンが集まる。

先生からも気に入られ、東京大学も余裕で圏内の学力を有し、スポーツ万能。文武両道の文字がこんなにもぴったりな少年はいない。しかもモテモテ。そう言わしめるのが、高校時代に僕が密かに抱いていた野望だった。

しかし、現実というものはそうはうまくいかない。たいてい、自分がこうであってほしいと描く希望というものは、人生の名の下に確実に打ち砕かれる運命にある。だから、僕は基本的にネガティブシンキングだ。極限にまでネガティブ思考を極めていると、それ以上に悪いことは、まず起こらない。(そんな気がする。)

 

当時所属していた学習塾のチャラめの先生に「文化部入りなよぉ!自然科学部生物班がオススメだぜぇ!勉強しないとだめよぉ!」と言われ、僕は「は、はぁ」と気の抜けた返事をし、名前だけは厳かな自然科学部生物班という部活に入部することを決めた。入部すると、僕と同じように、塾のチャラ講師に誘導された高校1年生の少年たちが集まって部室でゲームの話をしている。彼らのことを僕は愉快な仲間たちと呼ぶ。

 

部活に入部してから、約2年半、僕と愉快な仲間たちはほとんど部活をしてこなかった。それを見かねた顧問からは、何度も説教を受けたが、僕たちは懲りずに、部活動からいかにして脱出するかという、ハリウッド映画顔負けの大脱出劇を2年半構想しつづけた。

自然科学部生物班という部活は所属したからには、グループに分かれて生物系の研究をしなければならない。我々の部活では代々、プラナリアの記憶に関する研究が行われていて、基本的にはそのプラナリア研究に従事するのが一般的である。しかし、独創性を追求し、他力本願をスローガンとする僕と愉快な仲間たちは、部活をやることよりも、いかにして早く家路につくか。帰り道、夕日を背にどれほど充実した時間を過ごせるか。それらに命をかけ、青春を捧げていた。そんな僕たちはいつしか自然科学部帰宅班という新しい枠組みを生み出していた。

 

母校において、我々は歴代最高峰に部活を怠けたと自負している。夏休みに一度も部活に訪れず、顧問の先生に「前代未聞の所業なり」と言わしめたほどである。プラナリアを熱心に研究している自然科学部生物班からは、「怠け者たち」思われていたはずだ。実際に言われたことはないが、彼らの目がそう言っていた。

 

部活に居場所をなくした、僕と愉快な仲間たちは高校3年生になり、さすがに部活の歴史に爪痕でも残しておくかと、しぶしぶ研究計画を立て始めた。そして計画会議を始めて、約30秒後、リーダー格の男が「いっちょペニシリンでもつくるか」と提案し、反対意見はなく、ペニシリン生成案は無事議会を通過した。

 

日曜劇場「JINー仁ー」というドラマで、ペニシリンを青カビから作り出していたのを知っていた僕たちは、手始めに青カビ培養の支度に取り掛かった。学校近くのスーパーで買ってきた食パンに水を吹きかけ、日当たりの悪い場所に置いておくと、パンの表面に数日でカビらしき姿が現れる。問題は、そのカビたちをどうやって培養するかだ。

高校生にもなれば、寒天培地という言葉を聞いたことがあるはず。

そこで、今回のテーマにもある「ジャガイモ」が登場するのである。

 

 

 

 

暇だから故郷についてつづる。「眠たいのに眠りたくない夜」

眠たいのに眠りたくない夜がある。眠たい時は勉強もしたくないし、ゲームもしたくない。本を開いても、気がつくと、本の内容とは違うことを考えて文字だけを目で追っている。

そんな夜は家を出て夜の街を散歩してみたいのだが、眠気が邪魔して、うまく体が動かない気がする。

リビングでは、犬がボールで遊んでおり、酒を飲んだ父と母はいつも通り支離滅裂な会話をしている。

中学生の時に、毎晩のように眠れなくなったことがある。家族が寝静まった後も、自分の部屋で何度も寝返りを打ったり、真っ暗闇で天井を見つめていた。その当時は、不眠症かもしれないと不安を感じていたが、よくよく考えてみると、学校から帰ってきて、夕方から夜にかけ2時間くらい寝てしまっていたことが原因だった。

高校生になると、毎日が睡眠との葛藤の生活に変化していった。学校の宿題、試験勉強、受験勉強をかぎられた時間で、しかも眠気の中でやらなければならないのは酷だった。

大学生になり、たくさん眠るようになった。眠たいのに眠りたくないという現象は、大学生になった後に始まったように思える。いつでも好きな時に眠れるから、そういう風に思えるのだろう。今も文章を書きながら、今日は何時に寝ようか考えている。僕は寝る時間を好きに決められる。贅沢な選択肢だ。誰かが大学生は人生の夏休みと言っていた気がする。夏休みに何に取り組もうが個人の自由だが、周囲の人間と同じようなことはしたくないという、頑固な自己意識を抱えつつ、今日も世間的に見て普通の生活を送ってしまっている。

頑固な自己意識といえば、僕は髪の毛を染めたら己の人生の敗北だと自分に言い聞かせている。高校卒業と同時に大体の人は髪の色を変える文化が日本にはある。僕にはそれができなかった。周囲に合わせることが、自分の存在価値を消してしまうような気がしてならなかった。一方で、周囲と変わったことをすることに趣があると思ってしまっている自分もいる。いわゆる、自分は、周囲に変わっている人間として認められたい、承認欲求の強い人間のひとりなんだと思う。

人間は自分が存在できる場所を探して、その場所にあった自分を形成する。僕は自分のことを変人だと思うし、また、周囲の人のことも変人だと思っている。

みんな少しづつ変人である。

さすがにこの辺りで書いていて恥ずかしくなってきたので、今日はもう少し本を読んで、寝ようかと思う。

 

暇だから故郷についてつづる。「神社裏の森」

久しく文章を書くことから逃れていた僕は、近頃少しばかりの罪悪感を抱いていた。通販で入手した又吉直樹さんの「東京百景」という本を読んでいて、風景や思い出をつづるエッセイがこんなにも面白いのかと感動した。地元に疎開して実家に引きこもり時間が有り余っている今、文章を書かなければ、このまま一生文章から逃げてしまいそうなので、リハビリとして地元の風景を文字におこしてみようかと思う。

 

「神社裏の森」

実家から歩いて5分ほどの場所に大きな神社がある。神社では年に数回お祭りが開かれ、その時期になると神社周辺は色々な食べ物の匂いが漂う。神社の裏にはやや広めの森があって、小学生の頃に友達たちとその森で遊んだ。

1番思い出に残っているのは、みんなで木の枝や葉っぱを駆使して森に作った秘密基地だ。習い事のない放課後は、少年たちの集会所となっていた。

森の入り口には浅い川が流れている。ある時、友人の1人がその川で鳥の死骸を見つけて、川に降り、みんなで観察したこともある。

また、森には時々、鶏のコスプレをしたおじさんがひとりで踊っていると少年たちの間で噂になっていた。神社には鶏が住み着いているため、鶏がおじさんに化けたのかもしれない。僕も実際に鶏おじさんを見かけた気もする。僕の頭に思い浮かんでいるおじさんは、鶏のトサカ帽子をかぶっていて、鶏のような色の衣装を着て、自転車を押している。果たして、これが噂の彼なのかは分からないが、とにかくそんなおじさんがいた。

森でクワガタ採集をしたこともあるし、落ちていた破廉恥な本を友達と一緒に照れながら読んだこともある。

中学生になり、僕はその森には入らなくなった。野球のクラブ活動も忙しく遊ぶ時間がなかった。友人たちは、森の中でエアガンを使ったサバイバルゲームをして遊んでいた。何回か学校に苦情が入り、エアガン戦争をしていた友人たちは、教師に連行されエアガンの弾を一粒ずつひろったらしい。この辺は記憶が曖昧だが、僕もサバイバルゲームをみんなとしたかったと今でも思っている。

昨年の年末に中学の委員会仲間と小さな同窓会を開いた。帰りに友人たちと歩きながら、その森をなんとなく眺めていた。友人の1人が、その森の近くに住んでいるので数人で見送っていたのだ。夜は薄気味悪く、森は誰も近寄らせないオーラを放っていた。

友人を家まで見送った後、残った仲間と思い出を語り、将来について話し合っているうちに、僕は森のことなどすっかりと忘れてしまっていた。

「なぜ勉強をしなければいけないか」について

今週のお題「ねこ」

 

吾輩は猫である。名前は適当につけてくれ、何でもいい。

吾輩は暇をもてあましている。たいそう暇である。暇だから、こうして深夜に握りこぶしくらいの小さな頭で考え事をしている。

吾輩の特技は悩むことである。暇だから悩んでいるのである。何かすることがあれば、猫も人間も悩んでいられないくらい必死になって生きている。

今宵の悩みは、「なぜ勉学をしなければならないのか」ということである。これは古今東西における難題である。

吾輩の地元の猫仲間である神無月君(仮名)は、数学をこの上なく愛する猫である。神無月君は、猫でありながら人間相手に家庭教師をしており、猫類社会発展のために猫力を尽くしている。

吾輩が地元に帰省すると必ず神無月君と会うのだが、彼はとある問題を抱えている。彼の教え子、人間年齢で言うなら14、5歳であろうか。その教え子が、この上なく勉学に対する向上心がなく、もはや勉学をやることに疑問を感じてしまっているそうである。ある時、神無月君は、その教え子君に「どうして勉強をしなければならないのか。」と尋ねられたらしい。困り果てた神無月君は、どうにかして教え子君にやる気を出してもらえるように、モノでつる作戦を立てたり、あらゆる試行錯誤をしたが、教え子君のやる気は全くもって出てこない。

困ったものである。

吾輩の本棚にある某作家の本には「なぜ勉強をしなければならないのか」ということに対する答えが書いてあった。某作家曰く、「勉強をしないで大人になると、必ずむごいエゴイストになる」らしい。勉強を教わることで人間や猫は広い心を持ち、物事を愛することを知る。日常生活に役に立たない勉強こそが、将来我々の人格または猫格を形成するのである。数学や理科など一回覚えたことは忘れてしまってもいい。大事なのは覚えることではなく、カルチベートされることである。作家は語る。真にカルチベートされた人間(猫)になれ!と。

さて、この作家のお言葉を神無月君の教え子君に伝えてみてはどうかと、吾輩は思ったのであるが、果たしてうまくいくものだろうか。吾輩のような偉大すぎる猫であるならば、某作家の文章を読んで深い感銘を受けてしまうのであるが、まだ育ち盛りの人間に説教を唱えたとしても、ピンポン球のようにぽーんと跳ね返されてしまう可能性は大いにある。実際に、吾輩がまだ子猫だった頃、吾輩は大人の猫の言うことはほとんど聞く猫耳を持たなかった。勉強をしないとどうなるかなんて、立派な大人の猫にならないと分らないし、勉強をしなかったからと言って、人生、いや、猫生が良くない方向に進むわけでもない。

いかに自分の能力を伸ばすことができるかが重要になってくるのではないかと、吾輩は考えるのである。

吾輩はたまたま勉学や読書が好きだったから今の吾輩であるし、それ以外の例えば野球なんかを吾輩にやらせてみれば、見ていて恥ずかしくなるほどへたっぴである。

神無月君の教え子君にも必ず伸ばせる得意分野があるはずである。吾輩が踏み入ることのできない領域に、足をいれることができるのである。それはそれで素晴らしいことだと吾輩は感じる。

ただ、忘れてもらいたくないのが、某作家のお言葉である。やはり、勉強を少しでもかじることによって、人や猫から教えを受けることによって、社会を、己の能力を学び、己の内面を磨き、自分がやりたいことを始めた際に物事の仕組みを少しでも理解しておいた方が、さらなる飛躍につながるのではないか。そんなことを、ふと、思ったのである。

諸君は、「勉強をしなければならない理由」についてどう考えるだろうか。

人間

お題「コーヒー」

 

 窓を開けると深夜だというのに、表の通りには車の往来が見えた。耳をすませると虫の声も聞こえる。秋か、と僕は独り言をつぶやいて電気ポットに水を入れた。数分経つとポットの中では水が踊るように沸騰し始める。ハワイ好きな母がどこかで買ってきたハワイアンなカップにインスタントコーヒーの粉を入れ、お湯を注ぐ。

 又吉直樹さんの「人間」をようやく読み終えた。読んでいる時、気になったページには付箋を貼った。あとで見直してみると合計28枚の付箋が僕の「人間」には貼ってあった。又吉さんは太宰治が「人間失格」を書いた年齢と一緒の時に「人間」を書いた。2つの本が僕にくれたものは救いだった。

 小説を読んでいて救われた気持ちになることは本好きな人の間ではよくあることなのかもしれない。その時の置かれた環境や自分の心情に合致した作品。そういう小説を僕は心のどこかでいつも探している。

 「人間失格」の主人公、大庭葉蔵が幼い頃から周囲の人物に「お道化」をしている場面を読んだ時、僕はハッとした。口に出して誰にも言ったことはなかったけれど、周りの人間の評価が気になっておどけてみたことが何度もあったからだ。実際、大学生になった今でもおどけている自分がいる。そして、そんなことをしている自分を言葉にならないような感情で見つめている自分もいる。

人間失格」の中にはありとあらゆる社会の悩みが詰まっているというようなことを誰かから聞いたことがある気がする。お道化を含め、様々な悩み、現実、世の中の仕組み。そういったものを太宰は、あの時代に的確に指摘して死んでいった。夏目漱石の「こころ」と並ぶ日本の名著に太宰治の「人間失格」が含まれているのは、どこかで誰かの心に共感してくれる本だからだと、僕は思っている。人生に悩んだ時、僕は太宰治に助けを求める。

 「あれはな、聖書やねん」

又吉さんが中田敦彦さんに言っていた言葉が分かる気がする。

 中学生の頃、ふとした機会に学級文庫にあった「人間失格」をパラパラめくりすぐに閉じてしまった。14歳の僕では人間失格を理解するまでに心が追いついていなかった。

 当時、夜の遅い時間に「ピカルの定理」という番組が放送されていた。平成ノブシコブシや千鳥、渡辺直美さんや西内まりやさんなどが出演していたお笑い番組で、その中にピースの綾部さんと又吉さんがいたのを今でも覚えている。その頃から又吉さんの独特な笑いが好きで、YouTubeなどで又吉さんの一発ギャグやコントを探していた。

 芥川賞を受賞した「火花」、2作目の「劇場」、そして又吉さんの初めての長編小説「人間」。全て漢字2文字で揃えてくるところもお洒落な印象を受ける。

 高校生の頃から、変なことで悩むようになった。歳を重ねるとともに、悩みはどんどん膨らんでゆき、今では僕は常に悩みを3個くらい抱えて生きている。1つ消しても、ぴょこんと生まれ。ぴょこんと生まれたと思ったら、次は2つぴょこんぴょこんと出てきたりもする。頭の中には悩みしか無い。これは僕の性質だから、もう仕方ないんだと思う。ある時、悩みすぎている自分を見て、こんなことで悩んでいるの自分しかいないだろうな、と思っていたところに現れた救世主が太宰治であり、又吉直樹さんだった。自分と同じことで悩んでいるのは、僕以外にもいたんだな。そう思えたことで、悩むことは自分にとって大切なもののような気がしてきた。

 読み終えた「人間」は僕にとって太宰治の「人間失格」と同じくらいのバイブルになったと思う。

 あと何度読むのか分からない。悩んだ時は人間らしく人間を描いた文学に助けを求める。

 ブログを書いていると、先程入れたコーヒーが完全に冷めてしまっていてお湯を沸かした意味がなかったことに気がつく。

小説を通して

お題「好きな作家」

 

先日、御茶ノ水駅前の丸善書店夏目漱石の「吾輩は猫である」を買った。小銭で膨れ上がっている財布から1円玉を探そうとじゃらじゃら鳴らしていると、書店の店員さんが「夏目漱石って面白いですよね?」と微笑みながら話しかけてきた。

「え、あ、はい。僕は特にこころが好きです」

突然話しかけられたので、つかみかけていた1円玉が再び小銭の海へと落ちていった。

「すみません。これでお願いします」

私は1円玉探しを諦め、代わりに野口英世を1人差し出した。さらにぱんぱんに膨れ上がった財布と小説を手提げ鞄に入れて私は店を出た。私は店員さんに嘘をついてしまったことを少し後悔した。「特にこころが好きです」なんて言うと、あたかも夏目漱石の小説を読み漁っているファンのようなセリフだが、実際、高校時代に「こころ」を1冊読んだだけで、それ以外は読んだことがなかった。

 後日、私の愛すべきファンの1人が「今、夏目漱石三四郎を読んでる」と教えてくれたため、私は三四郎も買ってしまった。

 「こころ」も「三四郎」も読み終わった後に体の力が全て抜けてしまうような素晴らしい作品だった。素晴らしいなんていう言葉を私のような人間が使ってしまうのはおこがましいが、やはり素晴らしい小説だった。

 こうして文章を書いている時、何を書いていいのかわからなくなることがほとんどだ。そういう時、思い出すのが以前書店で見かけた本の表紙に書かれていた言葉だ。

『自分が読みたいものを書く』

 自分が気にいる小説というのは、自分が読みたいと思っていたものが書かれていた小説なんだろうなと思う。全ての人がどうか分からないが、誰にも言えないことを自分の中だけに隠して生きている人は少なくともいると思う。私も常に悩みを抱えて生きているし、時々悩みすぎて深い沼に沈んでいくような気持ちになる。そういった時、私は共感してくれる人やものを無意識のうちに探している。1人でも自分に共感をしてくれる人がいたら、なんて心強いことだろうとは思うけれど、そういう人は現れないことだってある。

 芥川賞を取った又吉直樹さんが太宰治のファンだと言うことは高校生くらいの時に知った。それから数年後、ふとした機会に、「人間失格」を読んでみた。中学生の時に、学級文庫で見かけて手にとってみたが数ページで閉じた小説だ。

 「人間失格」を読んだ後、私は共感者を見つけたと思った。また、私こそ太宰の理解者だとも思った。しかし、そういう感情は太宰の小説を好む人にはよく見られることのようなので少しだけ喜びは薄れてしまった。それでも、自分の人生を理解してくれる小説を見つけたことに、秋の涼しさを感じた時のような幸せを覚えた。

 太宰治の小説を3ヶ月くらいかけてじっくり読んだ。そして、太宰と関わってきた小説家の本も読んでみた。

その中でも、太宰治又吉直樹さんの小説は私のこころを代弁してくれているような印象を受けた。悩んでいるのは私だけじゃないんだな。そう思えただけで私は十分幸福だった。

先日、薬理の講義を受けている時に講師が「どんな薬にも副作用というものが存在する」と言っていた。1つしか作用を持たない薬は存在しない。薬は必ず、予期していた作用とは違う作用を持っている。そう説明していた。

 それを聞いた時、私は小説も一種の薬なんだと思った。読者によって解釈は変わってくるし、その小説が読者に与える影響も変わってくる。主作用と副作用は人それぞれだ。活字中毒という言葉があるように、小説を好む人はその薬の作用の虜なのかもしれない。

だから、読書はやめられない。