アオヤマ日記

男子大学生がTwitterでは伝えきれないこと、ふと心に浮かんだことなどをゆる~く書いていこうと思います。

二十歳の晩酌〜ロード・オブ・便所〜

今週のお題「家で飲む」

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私の家族は酒好きで、父も母も酒をよく飲む。お酒を毎日飲み続ける両親を見て育った私は、「酒なんぞ飲んでたまるか。一生ソフトドリンクを貫く」と中学時代に心に決めたが、20歳になった現在、たくましく晩酌を始めている。つまり、蛙の子は蛙なわけだ。先日、同期の『ファーブル大先生』にその旨を伝えると、「君は、ひとりで酒を飲むのか。あははは」と大変驚かれていた。そう、私は部屋にこもりひとりで黙々と酒を飲み、世の情勢を批判し、全知全能の神であるかのように自分に酔いしれている。ちなみに、『ファーブル大先生』はその名の通り、虫捕りの達人で、彼にかかれば、宙を舞うバッタでさえ素手で捕獲される。そして先生は風船を買ってもらった子供のようにニタァと微笑む。私と友人の『ようちゃん』は、その瞬間を目撃し、それ以来彼を『ファーブル大先生』と呼ぶようになった。

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お酒の話に戻ろう。ある日、アオヤマ少年は母に尋ねたことがある。

『母上様、なぜ毎日酒を飲むのですか。』

母は言う、『オトナになったらね、嫌なことがいっぱいあるのだよ。』と。

『分かりませぬ。嫌なこととは一体。』

『イロイロよ。』

そのやり取りから、数年。母の唱えていた『オトナは嫌なことがいっぱいある仮説』は正しいことが私によって証明された。

5月上旬。新しいバイト先で眠たそうにしている事務員の人に、仕事の件で分からないことがあったので尋ねてみたら、『わからないってどういうこと?』と弾き飛ばされる事件。この事件が物語ったことは、『眠たそうにしている人には話しかけるな。』ということ。私は、その晩とことん酒を飲んだ。飲みすぎて壁に抱きつき、壁と熱いキスを交わした。『もう、オトナってどうかしてる!』

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『眠たそうにしている人には、話しかけるな』といえば、『お腹が空いている人には気をつけろ。』という私の故郷に伝わる戒めがある。

時は少々遡り春先のことである。桜の蕾が徐々につき始め、浮かれた男女が鼻先を伸ばし、高等学校から脱出して『自由』を手にしたと豪語する新1年生で溢れかえる、いささか鬱陶しい季節である。その季節の中に、静かに身を潜め、決して出過ぎることなく、やや控えめ過ぎる、この世の立役者たちがいる。我が『愉快な仲間たち7人衆』である。その中の1人、『おかつ』を紹介したい。我々『愉快な仲間たち』は、しばしば旅に出る。春の岐阜・下呂温泉、夏の長野巡り、ゴールデンウィークには温泉巡り...。今年の夏には、北海道を車でぐるぐる巡る計画も立てている。そして我々の旅には欠かせないものがある。ご当地グルメである。我が最愛の友人の1人、『おかつ』は大のグルメ好き。全国のグルメをとことん愛し、そして腹十二分まで食べ尽くす。お腹がはちきれそうになるまで食べた後は、ズデンと横たわり、『おかつ式腹式呼吸ひーひーふー』を始める。そんな彼が、先日、京都今出川通りに引きこもる『ヌマラ』という男の元へ旅に出た。旅には、バイクをこの上なく愛す『ライダー・アリアリ』も同伴した。3人は大阪を一日中歩き回り、大学生の特権『自由権』を駆使して遊びに遊んだ。いつしか時間は流れ、夜は9時を過ぎた頃。遊び疲れて京都に戻ろうとしたヌマラとアリアリを、おかつが食い止めた。

『君たち、ネギ焼きは?』

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グルメ王国大阪。その地に君臨せし、我らがボス『おかつ』。彼が大阪で手に入れたいものは、富、名声、力、水族館での憩いの時間、友人達との愛しき時間などでは、さらさらなく、ネギが溢れんばかりに踊り狂う伝説の庶民的フード『ネギ焼き』だったのである。そして、困ったことに彼はお腹が空くと不機嫌になる。そこに、食べたいものを食べることができないという状況が加わると空には暗雲が立ち込める。だから、我々『愉快な仲間達』は彼の胃袋状況を24時間計測し、ちょうど良いタイミングで、彼の欲するフードを提供し、彼の癇癪を沈めている。まさに、フード神おかつ。そして我々は、彼を信仰するフード教の信者。彼の怒りに触れぬよう、おかつにフードを献上しているのである。

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あろうことか、大阪の地で、フード教の信者であるヌマラとアリアリの2人は、フード神の激昂に触れた。

『ネギ焼きなんか、食べないでもう帰ろうよ。夜も9時過ぎてるし』

2人は、愚かである。愚かであり、かつ、フード神の力を見誤っていた。そんな2人に対し、食欲の神おかつが怒らないわけがない。神は、2人を正座させ、食とは何か。空腹とは何か。グルメとは、ネギ焼きとは何かについて教えを説いた。そして、数十分後、神と従順なる信者達は、大阪の地で『ネギ焼き』をたらふく食べ、神の怒りを抑えたという、神話が私の故郷にはある。

これ故に、『お腹が空いている人には気をつけろ』という戒めが我が故郷には代々受け継がれている。

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ゴールデンウィークの温泉巡りでも、神は私に罰をお与えになった。静岡県伊豆市周辺の山道を車で走ったことがある人はご存知かもしれないが、あの辺一帯は便所がない。山道である故に、コンビニもなかなか見つからず、便所という神聖な領域はほぼ存在しない。申し遅れたが、私は『便所神アオヤマ』である。便所を愛し、便所に愛された男。通学時に使う、路線の駅の便所の位置は全て把握し、どのような状況に置かれても速やか、かつ、正確に用を足せるように備えている。ちなみに、洋式派。そんな、便所神アオヤマはゴールデンウィーク伊豆へ向かう車中で地獄の腹痛に襲われた。ゲリラ腹痛部隊が、私の腹めがけて一斉射撃を開始したのだ。すかさず、私は『近くのコンビニに向かってくれ!』と車を運転する『食欲の神おかつ』に直談判した。

『えー。お腹が空いたから、便所はあとね。先にご飯。』

食欲神から、耳を疑うような返答。すかさず私は、『それどころじゃない!事態は急を要する!食欲神よ、便所へ迎え!』と反論した。

それでも、食欲神の答えはノー。なぜならば、お腹が空いてるから。

『腹が空く、故に我あり。』

彼は、まっすぐな瞳でそう言った。実際には、言ったように思えた。

しかし、私も1ジャンル(便所)の神。ここで引き下がるわけにはいかない。そう思い、『じゃあ、神の車で神聖なる用を足します。私も神の1人。腹痛あり、故に我ありです。真剣に真心を込めて、車中で用を足させてもらいます。私には、恥じらうという感情がありません。なぜならば、ここには気の許せる男達しかいないから。あなた方に私の羞恥の姿を見られたとしても、私は心に何の傷も追いません。よって、ここに用をたすことを宣言いたします。』

まさに、神々の戦い。人類が誕生してから、長い歳月が経ったが、決して神々は戦いをやめようとしない。食欲の神。便所の神。インプットとアウトプットの戦い。そんなフザケタ戦いを

数ヶ月前にしていたなぁと、晩酌で酒を飲み過ぎ腹をくだしながら、トイレの中でひーひーふーするアオヤマである。というお話です。

めでたしめでたし。

 

 

 

腹痛に悩める便所神アオヤマ

今週のお題『私の未来予想図』

 

ご機嫌麗しゅう、諸君!忘れたとは言わせない!私は1ヶ月ぶりにブログの国へ帰国した腐れ大学生アオヤマである!今更、のこのこ何をしに来た?と思われてもおかしくないくらいブログ活動を休止していた。私だって同時に複数のことはできない人間である。ここ数週間、大学の試験勉強に追われ、重たい教科書・資料集に押しつぶされ、受験期を思い出すくらいの勉強量と戦ってきた。そして、試験終了と同時に母国と現実から逃げ出し、ありもしない自分を探すことを目的とした学生旅行という優雅な旅に出た。私の故郷であるブログの国から一時的に離れていたのは、このためである。したがって今回は私アオヤマの復活及び、試験突破、及びナカメ作戦成功、そしてTwitterアカウント復活を祝い、盛大に文章をしたためていこうかと考えている。

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未来予想図。ヨーロッパを旅するかたわら、私は自分の未来について文学的妄想を働かせていた。そこは古風でしとやかな街の一角にある小さな家。クリーム色の家には小さなお庭があり、花壇には可愛らしいお花が並んでいる。植えてあるリンゴの木には真っ赤に輝く実がなっており、庭にペットのペンギンがヨチヨチ歩いている。私が朝目を覚ますと、朝食の香りが小さな家を満たしている。はて?どうして朝食の香りがするのだ?ぼーっとしている私は、食卓に向かう。するとそこには、だるまさんが描かれたエプロンを身につけ鼻歌を歌いながらお味噌汁を作る女性がいる。そこで、私は気づく。「ああ、私は家庭を持ったのか。」

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どうだろうか?このたくましき妄想。恐れおののいた読者の方も多かろう。このように、私は四六時中頭の中を桃色に染め上げて、勉強そっちのけで鼻の下を伸ばしている。我がアオヤマ城にこもり、ひとりでふふふっと笑っていることも頻繁にある。しかし、賢明な読者におかれては勘違いをしないでほしい。あくまで、文学にそった妄想であり、破廉恥な映像を流したり、猥褻文庫で手に入れた卑猥な本をしげしげと眺めて三大欲求の一つを満たすという愚かな行為は行ってはいない。その点に関して、私は実に質実剛健な禁欲主義を徹底する日本男児だと自負している。

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私は便所が好きである。『あなたの好きな場所を3つ答えてください。』という質問をされたら、私は即座に『書店、布団、便所』と答えるだろう。古今東西、便所には聖なる神が祀られており、私もその神のひとりである。便所神アオヤマは、便所を愛し便所に愛されている神である。私が嫌いなものといえば、腹痛である。私は時と場所をわきまえぬ不届きな腹痛を憎み、腹痛もまた健気な私を憎んでいる。奴らは神出鬼没で、ありとあらゆる場所に現れては人類の腹に総攻撃を仕掛けてくる。特に、バスや電車などの公共交通機関に乗っている時は用心した方が良い。奴らは奇襲攻撃が得意なのだ。

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ヨーロッパツアーを上品に堪能していた便所神アオヤマは、無論、バスや飛行機、地下鉄、船などの公共交通機関を駆使して旅をしていた。1度に移動するのは平均4時間以上。お便所休憩はあるのだが、なんとも心もとなかった。そしてこれは、私がフランスの都市から都市へとバスで移動している時のお話である。案の定、腹痛が我が腹を攻め始め、ノルマンディ上陸作戦級の戦いが大型バスの後方座席で繰り広げられていた。迫り来る痛みをこらえるために、私は以前ネットで見つけてきた『バスの中で腹痛に襲われた時の対処方法』をいろいろと試してみた。まずは、深く息を吸い、息を止め、鼻から空気を出す深呼吸法。続いて、お腹にタオルを当てて温めるホッカイロ式戦法。さらには、車窓観光を無理やり楽しもうとする現実逃避作戦。あれやこれやと、持っている全ての戦術を腹痛に対して展開させたが、効果は今ひとつ...。しかし、ここで添乗員のおじさんのお告げが舞い降りる。『まもなく、サービスエリアです。お便所休憩をしましょう。』

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来た。ついに来た。主よ私に救済を。フランスに降臨せし、どこかの神に私は手を合わせた。今日の私はついている。だが、気を緩めてはいけない。気を緩めると、腹も緩くなる。今一度、穴という穴をきゅっとしめなければならない。しかも、サービスエリアのトイレについたからといって、トイレが空いているとは限らない。イタリアに祀られている便所神が我がオアシスに立てこもっているかもしれない。加えて、海外のトイレは有料ということもある。おそらく、サービスエリアは大丈夫だろうが街にポツンとある秘境の地『公衆トイレ』は1回1ユーロ。小銭であふれかえる財布から1ユーロを探し当てる時間に30秒を要し、その間にもロケット発射の時刻は刻一刻と近づいてくる。まったく海外の便所はフザケるのにもほどがある。私の祖国ジャパンを見てほしい。コンビニに入れば、お便所は無料。「コンビニに入ったからには、何かを買ってください」という暗黙の法律はあるものの、強制ではない。それに比べて海外はどうか。「へい!ジャポネーゼ!店に入ったからには、金を置いてけ!便所を使うには1ユーロ!」と言わんばかりに、便所代を請求してくる。此度私は改めて、滝川なんとかさんが編み出した日本のオモテナシ精神の素晴らしさを実感した。

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サービスエリアに到着した途端、私は疾風の如くバスをおり、便所へと駆け込んだ。頼む。あいていてくれ。バスの中で手をこすり、ひたすら、なむなむしていた私の念が主に通じたのか2つある洋式便所は無料で開放されていた。おうし!あとは、勢いとタイミングよくブツを発射するだけである。ガチャ。ドン。カチャ。便所ドア開閉基本三原則をわずか1秒で遂行し、私は愛しき洋式便所と対面した。私は嬉しさのあまり叫んだ。アモーレ!アモーレ!次の瞬間、便所の中で盛大にアモーレと叫ぶ便所神は立ちすくんだ。『便座が...、ない。』

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ここで可憐な女性読者諸君のためにも、今一度男性洋式便所の抱える闇をご紹介しよう。少しばかり汚い表現が出てくるため、お食事中の方には注意してご覧になってもらいたい。男性が洋式便所を使う際、排便の大小に関わらず、少なくとも2通りの排泄方法が長い人類史の中で発見されている。1つは、王道の座ってする派。清潔感を保ち、壁にも床にも尿を飛ばさない、非常に環境に優しい便所愛好家たち。便所愛好クラブに所属する私もその一員である。そして、邪道のスタンディング派。彼らは、男性史において最も初期に開発されたであろうスタイル、イタリアの石の彫刻のようなポージングで尿を発射する。男性としては、非常にやりやすく気分爽快なポーズなのだが、快感とは反対に得られるリスクは大きすぎる。壁や床に尿が飛散し、運悪ければ便所の便器を汚す。そして最もタチの悪い便所のテロリストたち便座ダウン集団が稀に現れることがある。彼らは何を急いだのか、はたまた精神的に病んでいるのか知らないが、洋式の便座を下ろしたままスタンディングポーズをし、下半身についたエッフェル塔からシャンパンフラッシュを炸裂させる。もう、世も末である。スタンディングポーズだけなら便所神も見逃す。ただ、スタンディングポーズに加えて、便座ダウンをするお育ちのよろしいお馬鹿さんたちは、一度怒りの便所大魔神アオヤマから叱責を受けた方が良い。彼らは、そのくらい極悪非道なことを鼻歌を歌いながらやってのけるのだ。

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イタリアの某サービスエリアで立ちすくむ私は、便座の縁を眺めた。うむ。しっかりと液体が付いている。便所神であるとともに便所愛好家である私は、トイレットペーパーをくるくる手に巻き、便座のない便器をお掃除し始めた。腹痛に耐え、便座をふきふきすること30秒。私の消化管最後の門は限界を超えていた。もうダメだあ。覚悟を決め、衣服を脱ぎ、私は便座に座った。『冷たぁ....。』

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ここから先は流石に、私のプライバシーの御都合と、読者にお下品な表現を読ませるわけにはいかないので、心惜しくも割愛させてもらう。ただ、今回私が伝えたかったのは、『日本のお便所がいかに恵まれているか』である。海外には街にお便所が少ない。あったとしても有料。そして、公共施設には洋式なのに便座がないところもある。改めて日本のオモテナシお便所が世界一だということを実感した。

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ここまでお便所について、ひたすらダラダラと書いてきて『肝心な未来予想図はどうした?』と憤慨されそうだが、私の描く未来はお便所が常に我々の下半身にくっつく世界である。誰もが、したいときにおトイレをし、腹痛に悩むことがない世界。それが私の桃源郷。お便所ワールドである。

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物語の都合上、多少過激な表現をしてしまった部分もあるかもしれないが許してほしい。全ては、世界中の人を笑顔にするためにとった、仕方のない苦渋の決断である。

 

 

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誇り高き片想ひ。

今週のお題「わたしの節分」

 

御機嫌よう。アオヤマである。

 

今週のお題の説明欄に『豆をまいていますか?』と書いてあったので、その質問にお答えする。

 

豆はまいたが芽が出ぬ。

なぜならば肥料がないからだ。

 

1月の成人式後、私の心に変化が起きた。長年私を悩ましていた亡霊からも解き放たれ、私は再び若き頃の恐れ知らず精神を取り戻した。そして、成人式を生き抜いた経験を活かして挑戦してみたい小説も出てきた。現在私は夜な夜なパソコンとにらめっこをしながら、ちまちま小説を書いている。舞台は眠らない街、東京と、由緒正しき西の都、京都。内容は青春恋愛ファンタジー。日々のたくましい文学的妄想論と私自身の経験を混ぜ合わせた物語だ。しかし、先日私は大きな壁にぶち当たってしまった。自分でも予想してなかった。ある晩、小説をコソコソ書いていて、あっ!と悟ったのだ。恋愛小説を書くにあたって大変重要な要素。それは私自身の恋愛経験であるということを。

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皆さんもご存知の通り、私アオヤマは恋愛御無沙汰男子である。世界恋愛御無沙汰選手権大会の日本代表であると自負しているくらい、恋とは疎遠な生活を送っている。恋愛とは、いわば、人生の肥料。私にとったら、小説という花を咲かせるために欠かせない肥料なのだ。その栄養分が欠落している私の心と文章。己の乏しい想像力と妄想力によって、夜中にうんうん言いながら机上で戦っているのだが、さすがに限界がある。恋人同士の感覚、異性とデートをするときのときめく心。私はフェルマーの最終定理よりもはるかに難しい命題と奮闘しているのだ。

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しかし、私にだって恋愛における得意分野はある。その分野に関しては、他の男たちに絶対に負けないと自信を持って断言できる。恋い慕う女性を見るたびにときめくハート。そして彼女と目が合うたびに高鳴る鼓動。私を高血圧で病院送りにしようとする彼女の美貌。何を隠そう、私は『片想い』という分野に関しては絶対に負けない。誰がなんと言おうと『片想い』への情熱はその辺をぷらぷら漂う男たちに負けることはない。長年、片想いという分野に特化した生活を送ってきた私に、もはや敵はいない。なぜならば、私と競り合ってたライバルたちは己の邪念に打ち負け恋人をつくってしまうからだ。彼らの脆弱な精神には甚だ呆れている。「独り身の男として誇りを持て!馬鹿者!」と言ってやりたいものである。

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『一切の邪念を振り払い、地に足をつけ己の恋心と向き合う』それが片想いの真髄である。片想いマスターの私が言うから間違いない。私は、片想いをすることに誇りを持っている。毎日が楽しいような、虚しいような感覚。そういう感覚に取り憑かれてしまっているのだ。

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こうやって書いていると『ではお前は誰に片想いをしているのだ?』と疑問に思う方々も出てくるかもしれない。実に返答に苦しむ質問である。世の中には様々な形の片想いがあるが、私の場合は自分でも阿呆だなと思うほどの片想いである。皆さんのたくましい御想像力でも私の恋い慕う相手を当てることができないだろう。『〇〇ちゃんだろう!』と言われても、答えはノー。そんな小中学生の恋バナのような簡単なクイズではない。答えは私が現在書いている小説の中にある。ここまで読んでくださった読者はすでに気づいているかもしれないが、私は酔っている。自分に酔いすぎて、おかしな人間になっている。小説家志望のド素人の小僧がフザケタことをぬかすなと言われてしまうかもしれない。しかし今宵も私は小説を書くため、己の境遇に向き合わなければならぬ。嗚呼、阿呆な人生だ。そう言いつつも、何かに挑戦しようとする自分を誇らしく感じているのも事実だ。私は自己顕示欲の化身であり、世界屈指の陶酔家である。今後も私の不毛な活躍は続いていくのだろう。

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もし私と神秘的な対談『恋愛討論会』を繰り広げたいと思う方がいるのなら、男性でも女性でも大歓迎。私は誠心誠意、対談主催者として皆さんにお付き合いしよう。そして夜がふけるまで語り合おう。私のねじ曲がった恋愛観。そして夢を見ることを諦めない少年のような無垢な心。私の全てを持って皆さんを歓迎する。

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私は自分の小説を新人賞に応募してみるのが現段階の目標であり、夢でもある。どうやら途方も無い孤独な世界にのめり込んでしまったようだ。

 

『誇り高き片想ひ』終

 

 

中学同窓会記最終幕

皆さん御機嫌よう。

 

アオヤマである。

 

中学同窓会記もいよいよ最終章。ここまでお付き合いしてくださった読者諸賢には感謝する。そういえば、京都では雪が降ったらしい。テレビのニュースでは白銀の古都が映し出され、金閣寺の屋根には綿菓子のような雪が積もっていた。昔の日本人と四季の変動が作り出す金と白を基調とする芸術作品。愛用のCanonの一眼レフでそのアートを撮りたいのだが、西の都は遠いところにある。私と京都の心の距離は目と鼻の先なのだが、物理的距離が大きすぎる。悲しきかな。これでは私が京都に片思いしているようなものだ。待っていてほしい。私の京都よ。資金がたまったらすぐに参る。

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『男だけの熱苦しい飲み会』

 

友人アリアリを新たに迎え入れた私たちは、成人した自分たちに再度乾杯した。地元でお酒を飲む利点として治安の良さが挙げられる。私の地元には、というより、私の中学時代の友人は皆落ち着いて心優しい人間だ。お酒の飲み方も上品であるし、非常に礼儀正しくて冗談も通じる。一方、都会の至る所で行なわれる若者たちの飲み会を見てほしい。大量のお酒を摂取しては、地面に爆撃投下し、道端で寝てしまう若者も現れる。飲み干した酒缶は道端に捨てられ、ペシャンコに踏み潰されている。私はそのような光景を見るたびに都会の人間の素行の悪さが目に入ってきて心を痛める。

そして極めつけはイッキコール。

「イッキ。イッキ。イッキ。」という男の掛け声で始まる異様な乱舞。無論、年貢の取り立てに抗う農民たちの一揆ではない。若者たちはイッキコールに合わせてアルコールをどんどん吸い込んでいくのだ。救急車で搬送される若者も後を絶えない。

「お願いだから。イッキはやめておくれ。」

私は都会の夜空に向かって毎日祈っている。どうかイッキコールで倒れる若者がひとりでも少なくなりますように。私の心の叫びは同世代の人間に届くことはなく、今日も都内のどこかでは若者イッキが開催されているのだろう。

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話がそれてしまった。中学同窓会記に戻ろう。私たちがお酒を堪能していると、友人アリアリの携帯に電話がかかってきた。アリアリが携帯を私に渡してくれた。私が電話に出ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「はぁーい。アオヤマくーん?ワカバヤシですう。」

「あ!ワカバヤシさん、成人おめでとうございます。」

「おめでとうございますう。」

電話の向こうの相手は、自然科学部生物班シリーズでおなじみのワカバヤシファミリー党首。ワカバヤシだった。

「ヌマクラくんもいるよお。電話かわるねえ。」

どうやら、ワカバヤシファミリーの京都の参謀ヌマクラもいるらしい。

「もしもし、アオヤマくん。成人おめでとう。」

「あ!ヌマクラ殿、成人おめでとう。ヌマクラ殿、京都に行きたい。行きたくて悶絶している。」

「いつでも来なよお。春にワカバヤシも来るから。」

彼は現在D志社大学の一回生。古都サークルという趣深いサークルに入って京都の神社や寺を研究している。その立場を代わってほしいものである。まことに羨ましい。

「じゃあ、2人ともまた春に会おう。」

「うん、ばいばーい。」

私は素敵な友人を持った。私と同じく、彼らのほとんどが女性と無縁の男たち。しかし、彼らは心優しく決して人を傷つけない。私から言わせてもらうと、彼らのような紳士な男がモテるべきである。この世は全く不条理な世界だ。

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夜も深まり、いつのまにか0時近くになっていた。期末試験期間だった私は三次会で切り上げさせてもらうことにし、男たちに別れを告げた。

「また会おう。諸君。」

そうして私はトボトボと家路についた。空を見上げると数多の星がキラキラと新成人たちを祝っていた。私は星を眺めながら、つぶやいた。

「寂しいなあ。」

今回の成人式で再会した友人たちのことを想うとやるせない気持ちに襲われる。自然科学部生物班メンバーのように彼らの中には私と今後も友好関係を持つものもいる。しかし、その逆も然り。今回再会して、もう二度と会えない人もきっと出てくる。それを考えると、途方もなく悲しくなってくる。

「なんだか、孤独になってきたなあ。」

みんなの顔を思い浮かべると、こみ上げてくるものがある。成人式のような集まりが毎年あれば良いのだが、ここはそんな理想郷のような世界ではない。世の流れ、時の流れ、悲しいなあ。

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私は同級生たちの絆をなんとか繋いでおくことはできないだろうか、とあれこれ考えてみた。そうして、とある小説の一節を思い出す。

 

夜は短し歩けよ乙女』に出てくる、下鴨神社の古本市の神は言った。

『父上が昔、僕に言ったよ。こうして一冊の本を引き上げると、古本市がまるで大きな城のように宙に浮かぶだろうと。本はみんな繋がっている』

 

古本市の神は続ける。

 

『最初にあんたはシャーロック・ホームズ全集を見つけた。著者のコナン・ドイルはSFと言うべき『失われた世界』を書いたが、それはフランスの作家ジュール・ヴェルヌの影響を受けたからだ。そのヴェルヌが『アドリア海の復讐』を書いたのは、アレクサンドル・デュマを尊敬していたからだ。そしてデュマの『モンテ・クリスト伯』を日本で翻案したのが「萬朝報」を主催した黒岩涙香。彼は「明治バベルの塔」という小説に作中人物として登場する。その小説の作者山田風太郎が『戦中派闇市日記』の中で、ただ一言「愚作」と述べて、斬って捨てた小説が「鬼火」という小説で、それを書いたのが横溝正史。彼は若き日「新青年」という雑誌の編集長だったが、彼と腕を組んで「新青年」の編集にたずさわった編集者が『アンドロギュノスの裔』の渡辺温。彼は仕事で訪れた先で、乗っていた自動車が列車と衝突して死を遂げる。その死を「春寒」という文章を書いて追悼したのが、渡辺から原稿を依頼されていた谷崎潤一郎。その谷崎を雑誌上で批判して、文学上の論争を展開したのが芥川龍之介だが、芥川は論争の数ヶ月後に自殺を遂げる。その自殺前後の様子を踏まえて書かれたのが、内田百閒の『山高帽子』で、そういった百閒の文章を賞賛したのが三島由紀夫。三島が二十二歳の時に会って、『僕はあなたが嫌いだ』と面と向かって言ってのけた相手が太宰治。太宰は自殺する一年前、一人の男のために追悼文を書き、『君は、よくやった』と述べた。太宰にそう言われた男は結核で死んだ織田作之助だ。そら、彼の全集の端本をあそこで読んでいる人がある』

*1

 

古本市の神の理論を私なりに解釈すると、作家だけでなく読者たちを見えない糸でつなげているのも本である。私たちは手元に置かれている本によって、どこかの誰かと繋がっているのである。

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成人式の夜、私は考えた。私自身が本の役目を担えば良いのではないかと。同級生達をつないでおく糸になれば良いのではないか。時間の流れが私たちを引き離そうとするならば、私は誠心誠意、時間の流れに抗う反逆者と化す。もしかすると、私はこの世界に抗わなければならぬ。みんなのためにも自分のためにも。初めてそのような気持ちになった不思議な夜であった。文章によってみんなの心をつなぎとめるのが私の使命だ。私はそのような誠に勝手な勘違いをして生きる男である。

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いつか私は自分の書いた文章が世に放たれれば良いな。などという夢を見ている。私の野望だ。

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同級生の諸君、改めて成人おめでとう。

 

中学同窓会記最終幕 終

 

 

中学同窓会記③

ご機嫌よう、アオヤマである。

 

私の今年の抱負1【先斗町探索】計画、名付けて『プロジェクト・ポント』は着実に進行している。現在は探索に必要な資金を集める段階にまで来ている。まだバイトの採用試験を受けていないが、今週末スーツに身を包み戦いを挑んで来ようかと考える。対戦相手は、昨年度お世話になった某予備校。お手柔らかに頼みたい。

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中学同窓会記もいよいよ第3話に突入した。今回のお話も引き続き、中学同窓会で私が遭遇した珍事件をご紹介していきたい。

     ○

私は成人式を心より楽しみにしていた。5年前に別れてしまった、中学校の恩師に再会できるからだ。彼は熱血指導が有名で、「A山」先生と生徒から慕われていた。式場の席に座りながら、私はA山先生はまだかまだかと待ちわびていた。しばらくすると、後ろの方で「おい、A山先生が来たぞお。」という声が聞こえた。続いて、「なんだあの頭は。」というお化けでも見たかのような震える声も聞こえてきた。私が振り返ってA山先生を探すとそこにはA山先生は見えない。代わりに、高校球児を彷彿とさせる坊主頭で、ややゴツめの30代くらいの男が座っていた。私がA山先生を最後に見たのは、5年前。スポーツ刈りとソフトモヒカンを組み合わせたような髪型をしていて、一部の男子からはカゲで「らっきょ。らっきょ。」と呼ばれていた。私も彼をらっきょのシルエットとして認識したまま卒業した。「むう。らっきょ頭が見えぬ。」私は腕組みをして近くの友人に尋ねた。「君、A山先生は来るのかね。」

「もういるじゃないか。あそこに。」

「いや、いないだろ。らっきょヘッドが見えない。」

「らっきょではなくて、あそこの坊主頭がA山先生だ。」

目を凝らしてみると、たしかに先程の高校球児がA山と同じ顔をしていることに気がついた。

「たしかに、A山先生だ。歳月というものはオソロシイものだな。人の髪の毛まで抜き去ってしまうとは。まさに砂漠に吹き荒れる砂嵐だ。ちょっと挨拶をしてくる。君も一緒にどうだ。」

「お供しよう。」

私たちは、式典が始まるギリギリの時間帯に席を立ちひょこひょこA山先生のもとへ向かった。

「A山先生。ご無沙汰しております。私のことを覚えていらっしゃるでしょうか?」

「おお。覚えているとも、ユウタくんだな。」

「え?」

私は恩師から驚きの返答が来て、一瞬戸惑った。しかし、すぐに我に返って、

「違います。アオヤマです。」

「え?アオヤマ?ウソだろお。」

やはり歳月というものはオソロシイ。私という人間の存在をも薄めてしまっている。5年前の私がカルピスの原液だとしたら、今の私はカルピスを飲み干した後、コップの中で溶けた氷と混ざってしまったカルピスのような存在かもしれぬ。

「それより、先生、頭の方はどうなさったのですか?」

「ああ、これか。これはだな...。」

先生がその日に語ったことを簡単にまとめると、次のようになる。先生は5年前、転任する際に、散髪に行こうと思い立った。しかし、先生の美しい奥さんが「A山先生の髪を切りたい。是非切らせてほしい。」と言ってきたので、その可愛らしいつぶらな瞳に心を折られ、散髪をお願いしたらしい。案の定、散髪は失敗に終わり、先生は中途半端な髪型を坊主頭にするしか方法が残っていなかった。しぶしぶ、坊主頭にしたはいいが、一度坊主頭にすると髪の毛が伸びた時に芝生のようにバサバサになってしまう。芝刈り機で芝生を刈るように、バリカンでバサバサの髪を刈りつづけること5年、手入れに手入れを重ね現在の頭になったらしい。なんと不憫な方なのだろう。私は心の中でクスクス笑いながら、「お気の毒です。なむなむ。」と先生の頭に手を合わせた。

     ○

さて、今更白状するが私は成人式で新しい出会いを求めて内心ワクワクしていた。このようなことを書いて、同級生の諸君に読まれてしまうと少し照れくさいのだが、人生は一度きり。正直に私の心の内を綴っていきたい。

「君、知ってるかね。成人式で新しい出会いが生まれる確率を。」

「いや、知らん。是非教えてくれ。頼む。」

「ズバリ、80パーセントだ。」

「なんと!それは真であるか!」

無論、それは私の友人が昨年の夏についた嘘であった。そんな高確率で男女の出会いが起こるはずがない。そもそもどんな学術論文を根拠に彼はそのようなことを言い放ったのか、理解に苦しむ。しかし、夏から約4ヶ月。私は踊る心を抑えきれずに生きてきた。友人の言うことを純粋に信じ切って生きてきたのだ。そろそろロマンチックな出会いがあってもいいはずであると。ところが出会いはなかった。成人式の夜、私は嘆いた。ひどく嘆いた。あんなにも美しい女性がたくさんいたのにもかかわらず、小心者の私はほとんど声をかけることができなかったのだ。私は初めから終わりまでずっと男友達と一緒にいた。今考えると、何をしていたのだと我ながら阿保なことをしたと思っている。成人式で唯一心残りなのは、女性たちとお話しができなかったことだ。私の友人はあたりかまわず、女性のもとへフラフラ歩いていき、隣の席へちょこんと座って雑談をかわす。

「嗚呼、あいつ!あいつが何故女性と軽々しく会話をまじえているのだ!そこを退け、私が代わりに座りたい!」

同級生の男が仲良く女性と話している姿を、遠くの方から友人たちと妬ましく睨んでいると、私は居ても立っても居られなくなった。

「ええい!今日はヤケ酒だ!男性諸君、飲みに行こう!」

「勿論だ!ヤケ酒万歳!」

「おお!」

私と同じ境遇の男はこの世に溢れかえっている。私の周囲に集まってくる男はだいたい女性との付き合い方に慣れていない。同じ境遇のものは同じ人種を呼ぶのだ。これは20年間生きてきて私が本能で感じ取った、世界の理だ。

     ○

結婚式場で行なわれた二次会の後、私は熱苦しい男たちとともに三次会へと向かった。当然だが、女性は1人もいない。体からむわむわと蒸気を発するような男たちしかいない。その状況が余計に、私の心を寂しくしていく。

「嗚呼、お酒が飲みたいよお。寂しいよお。」

おいおい嘆いて私たちは駅前の居酒屋へとたどり着いた。

「ここで飲もうか。」

「うむ、そうしよう。」

居酒屋に入ると、昔一緒に野球をやっていた後輩の男の子が接客をしてくれた。

「皆さん、ご成人おめでとうございます。」

「おお。ありがとうな。今日はとことん飲むぞ。」

「任せてください。美味しいお酒をお届けします。」

後輩の笑顔に励まされた哀れな男たちはビールジョッキを持ち、ひとり身の自分たちに乾杯した。

お酒が入ると、幾分か寂しさも消えていくが、完全に消えるわけではない。私なんて、ビール5杯を飲んでも心が満たされない。満たされていくのは尿意のみである。

途中で、自然科学部生物班メンバーのライダー・アリアリが男だけの飲み会に参加したい旨を連絡してきてくれたので、私はニコチン中毒者のクレヤマと外へ出て彼を迎えにいった。

私とクレヤマがトボトボ歩いていると、クレヤマが「タバコ買ってくる。」と言って、セブンイレブンへ駆けていってしまった。

「また、ひとりかよ。つらいなあ。」

まるで人生の縮図かと思わせるように、この世は残酷に私をイジメてくる。

「いいこと起こらないかなぁ。」

道端に転がっている石をコツコツ蹴っていると、アリアリとの約束の交差点までたどり着いた。約束の交差点。なんだか、どこかの歌詞にあったような気もする。そんなことを考えていると、私は同級生の女性陣の視線に気がついた。

「おお、諸君。ここで何をしてるのかね?」

「今、このお店の二階ででみんなと飲んでいたの。〇〇くんとかもいるよ。」

○○は結婚式場で散々女性と雑談を交わしていた男だ。奴め、美しい女性陣をここに籠絡していたのか。許せん。○○、未来永劫呪ってやる。

「アオヤマくんは、ここで何をしてるの?」

「ああ、私か。私は、男を待ってる。これから一緒に飲むのだ。」

「そうなんだ。成人式お疲れ様。」

「うむ。ご苦労であった。」

わずか数十秒の会話だったが、私の心は少し温まった。私もまったく単純な男である。

こんな私と会話をしてくれた女性は現在西の都にいると言っていた。私がアナザースカイと常々称えている西の都だ。私は将来、西の都への移住計画も考えているほど、その西の都が好きである。人柄、歴史的建造物、料理、お菓子、抹茶、街の風情。何から何まで日本の美。表面的でペラペラな東の都とは大違いである。

「西の都かあ。いいなぁ。住んでみたいねえ。」

私は日本の美であふれかえっている古都へ想いを馳せた。冒頭でも述べたように、私は今年プロジェクト・ポントを本格的に始動させている。西の都を徹底的に研究するのだ。なんとロマンのある研究なのだろうと我ながら自分の研究に酔いしれている。無論、我が最愛の友人、京都の参謀・ヌマクラは当研究に強制参加させる。頼むぞ、ヌマクラ。

     ○

女性陣と別れた後、ライダー・アリアリがやってきた。

「ご苦労ご苦労。」

そうして我々は、男たちだけで盛り上がっている居酒屋へと向かった。

     ○

中学同窓会記最終幕へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

責任転嫁伝

チーム。

 

『仲間と切磋琢磨し、汗水流して勝利へと歩んでいく集合体。たとえ勝利を掴めなくても、同士と共闘した時間が、かけがえのない人生の宝である。』

 

普通の人類なら、チームと聞くとこのような青春キラキラストーリーを想像するだろうが、あいにく私は普通の人類ではない。異常である。少なくとも、中学校卒業までは正常な人間だったということは覚えている。しかし私は高校入学と同時に、我が人生の風向きを大きく変えたビッグイベントに遭遇する。

     ○

部活動選び。

 

部活動選びが、若者たちの青春の大役を担っているのは誰もが納得することだろう。良い部活に入ることができれば、学生時代を思う存分謳歌できるし、あわよくば異性との運命的な出会いも果たすことができる。実際、同じ部活内で恋愛に発展するケースは非常に多い。私もそのようなお花畑人生を歩みたかったのだが、天にお尋ねしたところ、どうやら私の淡い夢は叶わないらしい。だから今は薔薇色人生設計の夢をあきらめ、イバラの道を突き進む非常に勤勉な脇役大学生を演じている。

     ○

「高校に入学したからには勉学に励まねばならぬ。未来の一万円札になるべく、刻苦勉励。中途半端な文武両道など意味がない。高校生活は勉強一本に絞ってやる。」と、高校入学当初の私は意気込んでいた。しかし、私の高校は帰宅部がなく全員部活強制入部という軽いパワハラ制度があるため、私は何かの部活に入部しなければならなかった。運動部は論外。勉強の邪魔である。当たり前だが、文化部の中から候補を絞らなければならなかった。当時通っていた塾の講師から、「自然科学部生物班が勉強するにはもってこいの部活だ。」という有力な情報を手に入れていたので、私は入部届の紙を片手に胸を張って自然科学部生物班が活動しているとウワサされていた生物室へ向かった。今振り返ると、おそらく、生物室へ向かうその道が中学まで私が歩んできた人生ベクトルと逆向きだったのだ。自然科学部の門を叩いたあの日。あの日が人生の分かれ道だった。

     ○

私は自然科学部生物班でワカバヤシ一家との衝撃的な出会いを果たす。ワカバヤシ一家のことをご存知でない方々に彼らのことを少し説明をしたいと思う。

     ○

カバヤシ一家とは、私が普段『愉快な仲間たち』と呼んでいる、我が愛しの友人達である。リーダー・ワカバヤシを中心に、京都の参謀・ヌマクラ、チーフ・ヒーちゃん、そしてライダー・アリアリ。彼らとは現在も友好関係が続いており、長期休みになると全員で熱苦しい男旅へと出発する。ワカバヤシ一家は、高校時代、私の心を支え、そして、私をダメにした偉大なる戦友達である。今回は、そんな彼らのチカラを借りて記事を書いていこうと思う。

     ○

私たちは、自然科学部で様々な悪事を働いてきた。『食虫植物スルメイカ実験』『熱帯魚マグロ化事件』『ジャガ汁(ジャガイモの汁)放置事件』『イモリ大脱走事件』『プロジェクト・ペニシリン』『青カビ栽培』『第三次部内戦争』『水族館プロジェクト強行事件』『プリズン・ブレイク』『ハッピー・セット事件』などなど。

私たちワカバヤシ・ファミリーが起こしてきた大事件は枚挙にいとまがない。上に挙げたのは、その中のほんの一部である。今回は全部を紹介している時間がないため、いずれ一つずつ記事にしていけたら幸いだと考えている。

     ○

さて、前置きが長くなったが、ここからは今週のお題『チームワーク』について書いていこうと思う。最初に端的に言わせてもらう。我々のワカバヤシ・ファミリーに『チームワーク』の概念は存在しない。存在するのは、いかに仲間を切り捨て、責任転嫁をし、部活顧問の生贄に捧げるかというフザケタ概念である。そして、毎回生贄になる人物は決まっている。『チーフ・ヒーちゃん』である。彼が、『チーフ』と呼ばれる所以は何か。その答えは単純だ。彼を事実上、我々の指導者『チーフ』として祀っておけば、何か事件を起こした際に最高責任者として『チーフ・ヒーちゃん』を部内裁判に突き出すことができる。そしてヒーちゃんが怒られているうちに、残ったワカバヤシ・ファミリーは説教という難を逃れ、部活から脱走することができてしまう訳である。「お前達は最低だ。人間ではない。ヒーちゃんがかわいそうだ。ヒーちゃん頑張れ!」とお思いになった方々、安心していただきたい。皆さんのご要望通りにこの世の中はうまく成り立っている。

     ○

ある時、私たち悪魔ワカバヤシ・ファミリーは次にどんな事件を起こそうかと新作ゲームの話をしながら計画を練っていた。無論、責任を『チーフ・ヒーちゃん』になすりつける算段はあらかじめ立ててある。それを前提でプロジェクトを進行させていくのが、自然科学部生物班という部活だ。

しかし、その日、ヒーちゃんが衝撃的なことを告白する。

『おれ、この研究グループ脱退するわ。カメの研究グループに行く。さようなら、みんな。』

カバヤシ・ファミリーに所属していた誰もが、ヒーちゃんの選択は賢明な判断だと心のうちで納得していたのは事実だが、生贄がいなくなることで顧問の矛先が我々に直接向かうことをひどく恐れた。

「裏切り者!ぐわあああ。」

我々は賢い彼をそう罵って、去っていく彼の後ろ姿を目に涙を浮かべ眺めていた。無論、先生に対する恐怖の涙である。去っていくと言っても、彼は机一列分後ろのグループにいるため、惜別の涙など出るはずがない。たかが、5メートルの別れをこれほどまでに恨み妬む私たちは、どんな青春映画よりも、青い春を過ごしていたと断言できる。そうして、ヒーちゃんは我々を裏切り、我々は顧問の叱責を受け、生物室から脱走し、脱走が見つかり、また怒られ、再び逃走するという生活を続けてきた。改めて、生贄の重要性が理解できた。

     ○

しばらく経ったある日、ワカバヤシ・ファミリーがいつものように悪事討論会を開催していると、いつのまにかヒーちゃんが隣にちょこんと座っていた。心優しいワカバヤシ・ファミリーにはそれを咎める人は誰もいないし、むしろヒーちゃんが帰ってきてくれて良かったと心底思っていた。そもそも、リーダー・ワカバヤシから離れることはできないのだ。ワカバヤシは高校のアイドルであったし、人をひきつけるカリスマ性も備えている。彼の周りには自然と人が集まり、ワカバヤシを称えている。そんな彼のもとに再び戻ってきたヒーちゃんは人間として正しい選択をしたのだと思われる。

     ○

大学生になった現在、私たちが旅行に行く際、食事会を開く際、バーベキューを開催する際、その他イベントを行う際、幹事は相変わらず『チーフ・ヒーちゃん』である。これは高校時代の名残だ。チーフはいつまででも私たちのチーフであり、全責任を担ってくれる。先程、ワカバヤシ・ファミリーには『チームワーク』の概念がないと言ったが、『チーフワーク』の概念なら存在する。読者諸君、今一度、心優しい『チーフ・ヒーちゃん』に盛大な拍手を送っていただきたい。ありがとう!ヒーちゃん!今年のイベント計画も立ててくれ!

     ○

今回の記事を読んで、ワカバヤシ一家はチーフをイジメている悪の集団だと勘違いされる方も出てきてしまうのではないか、と思われる。しかし、断っておくが私たちは全員仲が良く、チーフとも仲が良い。決してチーフが迫害されているわけではない。本人に聞いてみればわかるはずである。これは脅しではない。本当に本当なのだ。こう言ってしまうと余計に胡散臭く聞こえてしまうが、仲が良いのは事実だ。そこだけはご理解願いたい。

     

 

 

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中学同窓会記②

 読者諸賢、お久しぶりである。

 

内なるアオヤマである。

 

現在私は千葉県の館山という場所に来ており、寮の友人3人とビールを飲みながら雑談をかわしている。体にアルコールを取り込むことで私の頭は覚醒し、枝豆がサヤからプチプチ出てくるように文章が思い浮かぶので、お酒の勢いに任せたままこの手記を書いている。今回も前回同様、中学同窓会記を記していくことにする。本題に入る前に、前回の記事で卑猥なお話と多少お下品なお話を当ブログに書いてしまい、後々「自分は何を書いとるのだ?」と後悔していたことを皆さんにご報告しておきたい。夜中の気分で文章を書くほど、愚かな行為はないと言える。朝起きて自分の文章を見直すと「嗚呼、またつまらぬ文章を書いてしまった。外を歩くのが恥ずかしい。」と思わずにはいられない。どこかに穴があったらすぐに飛び込みたい気分である。

     ○

さて、前夜祭を盛大に謳歌した我々新成人は、ついに『成人式』という人生において3本の指に入るであろう晴れの舞台に出陣した。

私のブログに度々登場する古き友人ハヤシダ(海外旅行計画破綻シリーズ参照)は成人式の幹事を務めていたため、私は「どうせ暇であるから、彼の手伝いでもしようか」と思い、他の新成人よりも40分早く式場へと向かった。道中、神社付近で背中を丸めてトボトボ歩いていたハヤシダを捕まえ、2人で神社を抜けて式場へと歩いていった。神社は着物に身を包んだ新成人の女性であふれかえっており、我々熱苦しい独り身の男2人は肩を寄せ合い「いいなぁ。みんな綺麗だなぁ。」などと虚しいような恋しいようなワケの分からぬ気持ちを吐きだしていた。式場に着くと、我が母校の中学生たちがすでに待機しており「成人おめでとうございます!」と声をかけてくれた。世間へ何も貢献してない俗物大学生界隈をさまよっている私たちを祝ってくれる、純粋な少年たちが神々しい。「ありがとう諸君。諸君は決して、私たちのようなツマラぬ人間にはなってくれるな。君たちは今の君たちのまま純粋な人生を歩んで行きなさい。」と私は心の中で感謝した。しかし、彼らも後5年もすれば成人。中には私のように世の波に飲まれ、都会の風習に心を打ち砕かれヒネくれた人間になってしまう子供もいるのだろう。それが世の常であるのだから。そう考えると、中学生の彼らがどうしようもなく不憫に思えて仕方がない。彼らの中から1人でも多くの若者が救われるように私は天に祈っておいた。なむなむ。

     ○

式場に着いてしばらくフラフラ歩いていると外から騒がしい声が聞こえてきた。私とハヤシダは顔を見合わせ、「やってきたか。宇宙人ども。」とうなずいた。

     ○

私は物心ついた時より、1月のテレビから聞こえてくる「新成人」という言葉を聞いては、「新成人とは、なんだか宇宙人みたいな名前だな。」と常々思ってきた。実際、テレビで見ていた成人式の映像では、袴に身を包んだたくましい男たちが、ド派手な車を乗り回し、警備員とのプロレスを披露して大暴れしていた。その映像が脳裏に染み付いていた私は、成人式は違う惑星の住民が地球に攻めてくる日だろうと、予想し長年にわたる調査論文を科学雑誌ネイチャーに投稿しようと思ったのだが、地球人に私の価値がわかってたまるかと思い投稿を断念した。その代わりに、ブログを読んでくださる賢明な皆さんには私が独自に調査した「新成人の生態」をご紹介しよう。とても科学的価値の高い研究なので、卒業論文や学会に発表する論文に引用してもらえると素晴らしい文章が完成すること間違いなし。引用したいときは、私のTwitterに連絡してもらえるとうれしい。

     ○

私は式場の外へ飛び出し、持ってきたボールペンとノートを構えてメモを取った。以下は私が1日中観察した新成人の実態である。

 

『真っ白袴軍団ホワイターズ襲来』

全員真っ白の袴に身を包み、頭にハチマキを巻き戦国武将を彷彿とさせる旗を掲げている。どこからともなく現れた彼らは、それぞれが片手に煙草を持ち、日本酒のビンを回し飲んでいる。彼らの内数名は私と友好関係があったため、物珍しさにかられ写真撮影を頼み込むと、こころよく承諾してくれた。我々地球人に対し深い興味を示している考えられる。しかし、お酒を堪能している彼らは誤って、ビンを割ってしまった。それを見た我が友人ハヤシダは、式場からホウキとチリトリをほいほい持ってきて後片付けをする。ハヤシダが割れたビンの破片を片付け終えると、袴軍団ホワイターズの姿はもうそこにはなかった。ハヤシダがしょんぼりしている姿が面白かったので、私はついつい笑い転げてしまった。

 

『ニコチン星人禁断症状により正体がバレる』

私がホワイターズの記録をノートに記していると、私の隣で調査員クレヤマが震えていることに気がついた。

「どうしたクレヤマ調査員!」

「いや、大丈夫だ。気にせず、続けたまえ。」

彼の顔を見ると彼は煙草を吸っている袴軍団のことをじっと見つめていた。

「まさか、君も吸いたいのかね?」

彼はコクンと頷いた。

「吸ってくればいいじゃないか。」

「あいわかった。」

そう言い調査員クレヤマは跳ねるように喫煙所へ向かった。ニコチンを摂取している時の彼は幸せな笑みを浮かべていた。

メモ:調査員の中に宇宙人が紛れ込んでいたため地球は宇宙人侵略を完全に許してしまったと断言できる。

 

『酒豪星人日中のうちに爆撃投下』

世の中にいる典型的大学生『酒豪』。あるときは、缶を片手に、あるときはビンを片手に街に出没し、ごうごう吠えながら界隈を闊歩する。酒豪星人たちの咆哮は明け方近くまで続く。運が良ければ、彼らが街中に爆撃を投下する姿を見られるかもしれない。あるときはラーメン、あるときはお米。底知れぬ胃袋から消化管を通り、爆撃される酸性の爆弾は宇宙人の生態調査において希少価値の高いものである。

 

私がせっせとメモを取っていると、ひとりの男が袴軍団ホワイターズ星人に近づいて行った。彼はホワイターズ星人と交渉をしたのち、日本酒のビンを受け取りゴクゴクゴクと胃へ流し込んだ。映画で海賊たちが酒場で樽に入った酒を飲み干す姿を思い出させる飲みっぷり。

「ぷはぁ〜。でへへへ。親には内緒な。」

日本酒を一気に摂取したため、彼の体内にはアルコールがグルングルンまわっていた。私は宇宙人との歴史的接触を図るため、勇気を振り絞って酒豪星人にインタビューを試みた。

「今の気分はどうですか。」

「もおぉ〜ふらふら〜!でへへへ。昼間から出来上がっちゃったみたい。気持ち悪い〜。」

酒豪星人はすでにアルコールに意識を支配されそうになっていたので、私は宇宙人に言い残した。

「酒は飲んでものまれるな。」

「あいあいあー。」

訳の分からぬ言葉を発して、宇宙人はふらふらした足取りで昼の街へ消えていった。数時間後二次会に姿を現した彼の顔は心なしか白っぽく、「来る前に地球侵略を目的とした爆撃投下任務を遂行してきた。」と宣戦布告とも考えられる言葉を口にした。酒豪星人おそるべし。

     ○

読者の皆さん、いかがだろうか?ここまで来て、新成人が宇宙人であることはもはや自明であろう。私の客観的観察により『新成人は宇宙人である』という幼き日のアオヤマ少年の偉大な予想は見事証明された。私は今自信を持って断言できる。

『新成人は間違いなく宇宙人。』

     ○

中学同窓会記③に続く